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ジープ島:サンドパラダイス

サンドパラダイス
ジープ島からのダイビング。
サンドパラダイスというポイント。

この様な小さな根が、ぽつりぽつりと点在し、
後は、ふかふかの砂地ばかり。

水深も深くはなく、ゴロゴロとしていたいくらい、
居心地の良い場所だった。

サンドパラダイス

まあ、砂地と言えば、当然、ハゼ探し!なのであるが、
ここ、ギンガハゼのコロニー状態で、探さなくても、
あちらこちらで、姿を見せて、待っててくれる状態。

目の前のが引っ込んでしまっても、視線を横にズラせば、
違う個体が、こっちだよ~!と待っててくれるのだ。

しかも嬉しいのは、自分たち以外、ダイバーが全くいないため、
完全に、ポイントごと独占出来てしまう事。

ギンガハゼに目を奪われてしまったが、
ここ、丹念に探せば、もっと色々なハゼが居そうで、
もう、思い出しただけでも、よだれモンである。

と言う訳で、ゴロゴロとしていたいくらい、と書いたが、
本当に、皆で、ゴロゴロしていたのであった。

今回のダイビングで、1番良かったポイント!かも?
(って、選ぶのが、ムズカシ・・・)

sandparadise
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ジープ島の夜

ジープ島で何をしていたか?と言うと、
昼間は、ダイビング、シュノーケリングで忙しい。

夜は?と言えば、夜は夜で、これが誠に忙しいのである。

ダイビングから帰り、ざっと体の塩を抜いた後、
ビールをぷしゅ!と開け、乾杯出来る人から、乾杯!

そのまま、だらだらとしていると、陽が落ち始め、
それを眺めながら、次のビールに手が伸び。

そうこうしている内に、夕食の準備が始まり、
さらにビールを開ける事になる。

食事をしながら、ビールを空にし、そのままビールに
進む人、そこから焼酎に向かう人に分かれる。

確か、島に着いた当初、ビールは、1人1日4本まで!
と、申し合わせたハズであったが、何時しか、
飲みたいだけ飲んでいたメンバーも見受け、
私では無いが、全く困ったもんである。

と、この様に、夜は非常に忙しく、私なんかは、焼酎、
梅酒、泡盛などにも手を出してしまった事から、
さらに、超多忙になってしまった。

陽が沈み、辺りが暗くなり、頭上を見上げると、一面の星空である。

周囲には、人工の灯りが全く無い。
このため、夜空は、降りそうな星でいっぱい。
実際降って来る事は無いが、と言うか、思った程、
流れ星が少なく、2~3回程度確認したのみとなり、残念なところ。
まあ、タイミングの問題?かとは思うが。

ジープ島の夜月があがり始める時間が遅いのが面白い。
滞在中は、夜の8時くらいに、水平線から、徐々に姿を現し始めた。

先っぽが、少しだけ見え始め、その内全体を現し、あっと言う間に、
高く、頭上に昇って行くまでには、30分もかからなかった様に思う。
一面の星空も含め、天気が良ければ、ダイナミックな天体ショー
となる。



月が昇ってしまうと、その明るさのため、星が見難くなってしまうため、
先に星空を楽しむ事になる。

一通り天体ショーを楽しんだ後は、またもやテーブルに戻り、
そうして、だらだらと夜は更けて行くのであった。

ジープ島の夜


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ジープ島 リオデジャネイロ丸

二日目のダイビング。
沈船リオデジャネイロ丸に潜った。

以下、ダイビングの話とは、全く関係が無い。

りおでじゃねろ丸とも言う。
と言うか、こっちが正式名称なんじゃなかろうか。

1930年に竣工された同船は、元はと言えば、
その名の通り、ブラジルへの移住者を、
運ぶために使用された民間船。

長さ147m、1000人以上の乗客を乗せる事が可能で、
当時としては、かなりの大型の部類に入る船だったのではなかろうか。

1936年、ブエノスアイレスで開かれた、日本ペンクラブの大会のため、
有島生馬、島崎藤村と言った名士も、乗込んだ過去が。

華々しい外洋航路船舶とし、活躍した同船の運命も、
開戦と同時に大きく変わる事になる。

1941年、海軍により、特設潜水母艦とし徴用された同船は、
ペナンを拠点に、インド洋での任務にあたる事になる。

特設潜水母艦の役割としては、潜水艦の食料、水、衣服の補充から、
重油の補給、さらに武器、弾薬の補給、また、乗員の休息等々、
潜水艦のアシストを担うのがその中身。

その後、戦況の変化と共に、輸送船が不足しつつあった海軍は、
必要性の薄れつつあった潜水母艦の見直しを進め、
運送船への転籍を図る事になる。

1943年末、輸送船に再改造された同船は、南西方面艦隊直属となり、
兵士、物資の輸送に就く事になる。

1944年2月3日、横須賀を出航し、11日にトラック島到着。

その時、アメリカ軍の攻撃を察知した日本軍は、
主力艦隊を、パラオに避難させたのが、前日の10日。

当時、日本軍の拠点であったトラック島周辺には、
多くの輸送船が停泊しており、それが空襲の被害拡大に
つながってしまった事、さらに、護衛とし、頼るべき軍の艦隊のほとんどが、
逃げ出した後だったあたり、、沈没した船舶にとっては、
どこか取り残された様にも映りってしまう。
同船の運命を思うと、何とも皮肉な話である。

先の富士川丸同様、17日の空襲で、りおでぢやねろ丸は沈没。
半日間、炎上の末の事であった。

戦没者への慰霊、鎮魂のためにも、一度、訪ねても良いのではなかろうか。

リオデジャネイロ丸

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ジープ島ハウスリーフダイビング

ハウスリーフには、2回潜った。
初日の2本目と、2日目の2本目。

いずれも、ボートエントリーの、ビーチエギジットと言う、
ちょっと変わったスタイルである。

そんなに遠くからエントリーするのか?と言うと、
全くそんな事は無く、ボートに乗って1分くらい、
島の目の前の海にポチャン!である。

ボートに乗込む手間、時間を考えれば、ビーチから
タンクを背負って入った方が、楽だし効率的ではある。

現地で、ちらりと聞いたのであるが、ミクロネシアだか、
チュークの条例だか何だかで、ダイビングの際は、
必ずボートを使う必要が、あるとか、ないとか?

う~む、何やら曖昧すぎて、けっこー、信憑性に欠ける。
一応、そこら辺の事実関係を調べまくったのであるが、
その様な情報、記述は見当たらず。怪しいぞ、これは。

どなたか、詳細をご存知の方がいらっしゃいましたら、
教えて頂けますでしょうか。お願い致します。

で、ハウスリーフは?と言うと、極上である。

手付かずの、元気なサンゴがび~っしり!
砂地には、ハゼがご~っそり!
群れ系の魚も見応えあるし、
さすがに、大物は無理だと思うが、
1日中居ても、全然飽きない海だと思う。
ちゅーか、そうしたい気分。

ジープ島ハウスリーフこれこれ、この景色が見たかったのである。

ジープ島ハウスリーフ特に苦労もせず。
いたるところに。


ジープ島ハウスリーフ固有種という事であった。
え~と、名前は・・・忘れた。



ジープ島ダイビング~ハウスリーフ~

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